やっちゃんのあぐだもぐだ
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1月の閑話休題
1月はトランプ大統領就任の事が新聞テレビのトップ記事に出なかった日がなかったような気がします。新聞見出しアメリカに入国を拒否された人の人数、新聞社の違いによって数値が大きく違うのは不思議です。また、ある新聞には米国が「マッド・ドッグ早期派遣」の見出し、「…っえ?」と思い記事をよく読んだら解説が有り国務長官をマッド・ドッグ(狂犬)と呼び日本に送り込むとの記事、日本の新聞も何となくトランプ劇場に踊らされてきたかなとも思えます。トランプさんが得意とされているツイッターにはトランプさんに関する日本人ツイートは何も見えず、SNS利用者の性質は変わりやすいのかもしれません。
県内のニュースは『県民メタボ率ワースト2』の見出し、福島県がワースト3番目から2番目になったという福島県立医大の大平教授の発表には驚きでした。ちなみにメタボ率と健康長寿率が反比例の相関関係があり、歩くことによりメタボ率が減り健康長寿になるというエビデンスが取られており、健康保険費の自治体と個人の負担が低い市町村が健康で長生きの地域社会になっているようです。先日の豪雪ランク日本で三番目の檜枝岐村は、健康寿命が高く全国三番目であることをご存じの方もおいででしょう。ここは45歳以上の村民に全員歩数計を持たせて、ウオーキングの後で村役場に有線テレビから歩いた歩数と心拍、血圧などを報告するそうです。こんな村が福島県にあっても福島県のメタボランクはなぜに全国ワースト2位?と疑問を持ちますが、福島には原発事故の所為で仮設住宅暮らしに住んでいる方が多く、こちらは双葉5町の内、4村が全国ワースト10に入ります。それでも双葉郡の中でも避難者の多い浪江町は介護保険負担費が同じ双葉郡の他町よりは低く、これは仮設住宅入居の方々にも『歩く』プログラムを推奨しているからです。
さらに同日の「『トランプの科学』に懸念」の見出しの日経新聞記事のまるっきり科学を否定している話です。予防用ワクチンの効果を否定し、全惑星に宇宙探索を仕掛けるとのこと、全ての科学的根拠を否定してかかるお方のようです。このまんまでは二酸化炭素による地球温暖化についてはまったく何の科学的根拠もないと言っていると同じなので、今世紀末には地球温暖化はついに4度以上の上昇結果が現れ、福島県でスキーが出来なくなるのが一番心配です。
トランプさんの話題にかき消されて、以外と気にしなくなっている『カジノ』法案のことですが、日経新聞コラムに「カジノで町おこしに既知症」のタイトルがあり目に留まったので言及します。大雑把な内容は30年前のリゾート法同様に、カジノを保有したホテルが町おこしの名目であちこちに誕生し、日本にはカジノの専門家もいないので、リゾート法で廃墟になった日本のリゾート姿が既知症として目の前に現れるってな記事です。写真はリゾート法施工以前の我がニコニコ共和国のカジノです。独立国なので治外法権だったかも?もしも、今ニコニコ共和国があったらトランプミニタワーを建設していたかもしれません。
雪乞いの年末雑感
今年の冬は、昨年以上に地球温暖化が気になります。11月の東京の初雪は珍しく、その時の福島県は無積雪。12月に入り県内のスキー場も、標高の高いところには積雪を見て、箕輪やあだたら高原、裏磐梯猫魔やグランデコスキー場は全面滑走できるまでになったと思ったら、低気圧通過で急な気温上昇と雨、ほとんどのスキー場の雪が消える有様。北海道は12月にしては今までにない豪雪になって、交通が麻痺するといったことは北海道らしくない様相を示したようです。
 トランプが大統領になり、パリ協定が無視され温室ガス大排出国のセーブが効かなくなるのでしょうか。トランプの発言の逆になり、アメリカが率先して地球温暖化防止に取り組むようになって欲しいものです。このまま温暖化に歯止めがかからず、氷河が融け続けバングラディッシュや大洋州の島々が海に沈み、ベネチアでさえも沈没の危機にされるかと思うと不安で不安で仕方ありません。
 生まれも育ちも安達太良山の麓なので、昭和初期に比較して気温が2度近く上昇しているのが体感しています。少し歴史の話をしますが、あだたら高原スキー場の前進は岳スキー場です。昭和4年に開設された時は第一スキー場と第二スキー場とがありました。第一スキー場は温泉神社の後ろのスロープで、光雲閣の玄関付近から滑り降りることができ、ヒマラヤ大通りを通って鏡が池まで滑る旅館街を挟んで気持ちの良いコースです。大寒頃には鏡が池も凍り付き対岸に渡れました。岳から歩いて1.5km地点の第二スキー場が標高600m〜800mの若草山スキー場で、昭和29年にはリフトが設置され、さらに上部に1000m強のリフトを設置、昭和38年には現在の奥岳をベースのスキー場になり、同時に下部のリフトは廃止、現在のあだたら高原スキー場の標高950mから上がメインとなり、一昨年までは比較的安定して12月中旬から4月上旬まで滑走が可能なスキー場でした。ところが昨年から、何故かシーズンが短縮、その傾向が今年も続いていることが大いに気になります。標高による気温低下は、100mにつき0.6℃は誰でも知っていることで、スキー場が上部に伸びざるを得なかったのは理解できます。また、緯度の違いによる温度変化は決まった法則が分からないので、各地の年間平均気温を調べてモデルにしたところ、北極圏は−6.2℃として赤道付近のシンガポールは27.4℃で33.6℃の差があり、温帯に当たる北緯28度から北緯43度付近までは、緯度を1度=111km北へ登ると温度が1℃低下するデータが取れたので、平均気温2℃で222km、昭和初期の福島県の今の岩手県に移動したことになり、福島県は東京近辺の気候になっているのかもしれません。スキー場の基部の標高を上げていっても安定した雪が得られるのは標高1500m地点以上になってしまったようです。
トランプさんも地球温暖化により儲からなくなったら困る部分もあると思うので、パリ協定を批准して、CO2削減の急激な舵取りを期待します。
 写真は、福島県の伊南村に先日オープンしたクロスカントリースキーコース、大変に良いコースです。福島県は広い県ですので沢山のスキー場があります。千客万来のスキーシーズンになるよう大降雪があることを祈ります。皆様、良い年をお迎えください。
梵字石ルートのこと
安達太良山中に『梵字石』と言われている大きな自然石があります。
梵字の刻まれた年号は寛文十年(1670年)、高さ1.2m縦横4.5m程度の大きな岩の上部に刻まれています。刻んだのは、高野山の名僧で二本松の遍昭尊寺を開山した雲堂天岳和尚。この時から150年間の山中での歌舞音曲を許したとされる歴史的文化財です。この場所は、安達太良山系の代表的な山、鉄山(1709m)と矢筈が森(1673)が天にそびえる谷間の上部標高1500m付近にあり、この二つの山がまさに覆い被さるかのような位置にあり、二本松から会津への最短距離で往来できる歴史の道でもあります。この東側の下部が岳温泉の湯元であり、文政7年8月15日(1824年9月7日)までは、岳の湯=陽日温泉として栄えた温泉場です。この日の未明、北側の鉄山の一角の山崩れで温泉街全部が埋没し2百数十名の死傷者を出す事故が起きました。雲堂和尚が山留めの祈願に梵字を刻んで150年間の法力が解けた4年後に大惨事が起きたのはなぜか不思議な一致です。
さて、本題。実はこの梵字石を通る、古くから続く会津と二本松の道が1997年9月15日の遭難事故の影響で閉鎖されたままになっています。猪苗代町側になる沼の平ルートのガス中毒事故で4人の登山者が亡くなり、二本松側のくろがね小屋上部のルートも危険性があるとされ、閉鎖されたまま19年も経ちました。閉鎖から数年経った時から、事あるごとに関係者に働きかけ、この歴史的ルートの再開を働きかけていますが、未だ開通決定までは至っておりません。行政の過剰反応のせいで、猪苗代側の事故の影響で二本松側の大事な歴史的道が閉鎖されたままであり、この道が存在していたことさえ忘れ去ろうとしています。
ついでに安達太良山と近代登山の話。江戸時代から既に登山の範疇に入るような山登りが行われており、その走りとも言われる安達太良山登山記があります。その名は「西嶽」。安積艮斎(昌平黌教授、二本松藩校敬学館教授)が天保7年10月(1836)に帰省した折の45歳の時に著わした登山記です。前述の陽日温泉(岳の湯)が山崩れで埋没し、塩沢に十文字岳として復活して10年後、十文字岳温泉に一泊して、翌日念願の安達太良山初登山となり、下りは深堀の旧家・平近平宅を訪ね談笑して夜遅く二本松の自宅に戻って実家の母に安達太良山登山の感想を話したと記されており、全文から180年前の安達太良登山の様を現在の登山と重ねて想像できます。ちなみに日本近代登山における白馬岳の先登第一は北安曇郡長の窪田畔夫(当時45歳)と二本松藩士で信州教育の祖・渡辺敏(はやし)(当時36歳)が明治16年(1883)のに初登頂とあり、ウェストンの白馬岳登山の明治27年(1894)の11年前だったとの記述も目にしました(大内賢治氏記事の山と渓谷1982年10号)。
先頃お亡くなりになった田部井淳子さんも最初の登山は三春の裏山、そして安達太良山、そしてエベレストにつながったと良く話していたのを記憶しています。
安達太良山は悠久の山です。古代からの山道を再開通させたく、今回の『あぐだもぐだ』といたします。写真は梵字石、345年前からの文化遺産です。

ビエンナーレ2016進化中です
ビエンナーレ2016もいよいよ佳境入りです。9月9日のオープニング式から50日、日々進歩しているような気もいたします。私が各開催会場を巡り、同時通訳器を耳に世界の前衛芸術家の話も聞いて理解した範囲での紹介を致します。開催の場所も広く、芸術のジャンルも多岐に亘ります。
 二本松城天守台にはオノ・ヨーコの詩が空に向かって設置されています。このビエンナーレはテーマが『氣』、なぜか安達ヶ原が気になる展示です。伝説の安達ヶ原・黒塚は、妊婦の生き肝を食うというおどろおどろしたお話です。現存する鬼婆の岩屋、また鬼婆を埋葬した黒塚の杉の横には平兼盛の『陸奥の安達ヶ原の黒塚に 鬼籠もれりと聞くはまことか』の歌があります。鬼婆伝説とそれにまつわる現代アートがふるさと村の民家園にあり、前衛舞踏家による『KUROZUKA』も創作ダンスも披露され、手塚治虫のアニメ映画『安達ヶ原』も上映されました。未来の宇宙飛行士が時空間を越えて降り立った星に暮らす老婆が、その宇宙飛行士の昔の恋人であったという悲しい逸話が、逆説的にこのビエンナーレ展のテーマにも思えます。
原発事故によるアートへの影響のシンポジウムが男女共生館で開かれました。スイスの現代アート作家が描く左右対称が崩れた昆虫の絵は本来シンメトリーで豊かな色彩感を持つものが、チェルノブイリ原発事故後の明確な違いを表した展示には驚きます。
ヤノベケンジは、自分がアートに触れるようになったのは大阪万博の6年後であり、太陽の塔は残って居たけど、万博会場は廃墟の鉄骨であった。この万博会場を賄うエネルギーは当時発電開始したばかり原発がうたい文句であった。その6年後にチェルノブイリの原発事故が起こり、未来は廃墟であるのが現実になった。この廃墟の未来を現実の場として受け止めての創作活動のキャラクターが『フローラ』のようであり菊人形会場ではひときわ異彩を放ちます。11月3日には『銀河鉄道・999』の作家の松本零士による講演会が行われます。メーテルに出会えるかどうかが楽しみです。
智恵子の生家には小松三羽の作品がふすま絵と障子にシルエットになって展示されています(写真)。智恵子の実家の造り酒屋に現代アートの巨匠が同居している感じですが、ビエンナーレ展開催中で無ければ、決して見られない雰囲気があります。
二本松工芸館の『アリスのイス』は、まさに異空間のアートで伝統的な家具工房にて自分がアリスになったような感覚になります。
ビエンナーレの開催は11月6日までですが、大山忠作美術館にては『菊』をテーマに現代アートと日本画が共演中です。二本松の菊人形は11月23日まで開催中、秋の二本松の芸術性が高まって居ることは確かです。是非お出かけください。
二本松で不思議な芸術体験を
 今秋の二本松に伝統芸術と現代芸術が出そろいます。伝統芸術は言わずもがな提灯祭と菊人形。提灯祭りは丹羽家入府の20年後に二本松藩総鎮守として二本松神社を御両社として祀った時が起源で350年の伝統があります。当初は神輿の祭りで始まり、元禄時代には踊り中心になりました。寛政(1791)の頃から歌舞伎人形を飾る太鼓台出て、現在の形に近い唐破風の太鼓台になったのが仁孝2年(1819)からであり、中秋の名月の旧8月15日が本祭り日ですが、満月の日でも夜になると暗くなるので提灯が付けられて太鼓台が練り歩き現在に至っています。
 菊は藩政時代から愛好者が多く、昭和初期からは菊人形が町の随所に飾られてきました。二本松の菊人形まつりとして始まったのが昭和30年、今では日本一の規模を誇る菊人形展になりました。一本の茎から3000個もの花を咲かせる千輪咲や、色合も形も見事な菊の出展もあります。菊人形には『あっぱれ!ニッポン!世界に誇れる日本人』として菊を着た日本の偉人が登場します。菊のガーデニングゾーンは3年前からの新しい企画です。
伝統の芸術祭とビエンナーレ展と言う異質のものが時と場を同じくして開催される不思議な『場』が秋の二本松になりそうです。
 2年に一度の芸術祭である福島ビエンナーレの開催は2012年が初めてです。2014喜多方、2016二本松となりました。タイトルは福島ビエンナーレ2016【氣】=invication『長陽の芸術祭』。10月8日から11月6日までの開催ですが、ビエンナーレ展と提灯祭と菊人形展とが同じ時期に重なるのは前代未聞の事、不思議な感覚に陥りそうです。
 このビエンナーレ展の時間軸のオープニングイベントは既に9月9日に重陽の乾杯として二本松城本丸跡と安達ケ原ふるさと村で開催され、ダンス公演・KUROZUKA『闇の光』の上演、さらに安達文化ホールでは『智恵子抄』フィルム上映会などが行われました。10月5日の『レモン忌』は智恵子の生家での詩の朗読と上川崎和紙の灯篭、墨絵制作と続きます。10月8、9、10日と国際的に活躍している女性アーティストによる智恵子の顕彰。また、海外からの市民科学者によるチェルノブイリと福島の現況シンポジウム開催などを皮切りに、『オランダアートの現在』の講演会、映画『黒塚』やSFファンタジーアニメーション『安達ケ原』の上映や音楽会、上映会、講演会と様々な芸術祭が続きます。
 空間的には二本松市街地と安達ケ原を中心に展示イベントなどが開催されます。大山忠作美術館では所蔵の日本画とともに、若手作家を中心とした『菊』の作品が展示され、同じ3階の市民ギャラリーでは『氣』をテーマとした、映画、映像作品、アニメーションに関わる作品の展示がなされ、どんな「場」が出現するのやら楽しみです。
 その他、市内各地の個性ある店舗が展示場になり作品が出そろいます。二本松藩ゆかりのオノ・ヨーコの出展の詩『Make a sky under a thunder storm』は二本松城天守台跡に設置されました。写真は菊人形滝の場面でのヤノベケンジ+増田セバスチャンの大人形です。不思議な文化体験が出来そうな二本松の秋です。

二百十日安全祈願と㋇雑感
迷走台風がやっと日本海に抜け、ホッとして8月の雑感を書きます。
それにしても8月の台風発生にはヤキモキさせられました。9号、10号、11号と立て続けに日本の近くで発生するのは、地球温暖化がさらに進んだのか不安になります。通常はフィリピン近海での発生が、小笠原諸島付近に移ったことに驚きです。我々の中学時代の理科授業の復習ですが、台風が発生する原理は、熱い太陽が太平洋を直角に照らし水蒸気が台風の渦になり、発生から1週間から10日位かけて日本に近づくのだと記憶しています。緯度10度も北に発生地域が移動したので3日程度で日本の沿岸に近づいてきます。発生地と進行速度から日本近海到達は計算が合います。おまけに北と南の高気圧のせめぎ合いが偏西風の蛇行のせいで、発生時期がほぼ同時でも、発生個所の違いから9号は関東を直撃し東北を北上し北海道の東に大雨をもたらし、さらに続いて11号が同じような経路で少し東寄りに北上、北海道に今までになかったような大雨被害をもたらしています。2番目に発生した10号は、発生場所が少し西寄りだったために2つの高気圧の鬩ぎ合いのため、発生場所にしばらく滞在したまま少しずつ西に進み、エネルギーをため込んで沖縄に近づいたと思ったら進路を東に変え、発生場所付近に戻り、東北地方を直撃し、何とか日本海に抜けたのです。この3つの台風がいきなり小笠原諸島近海で発生したのが8月11日の山の日前後であったので今年の8月は、気象異変と台風発生のダブルパンチの年です。
実は8月の台風は、観光地に取っては大打撃なのです。特に岳温泉は8月の第4日曜日がメインの盆踊りになり、この開催日に台風がヒットされると大雨の中の盆踊りになってしまうからです。過去の盆踊り開催日にはせっかく通りを飾った提灯が全部吹き飛んでしまったこともあり、天気予報には敏感にならざるを得ません。
また岳温泉の源泉地は安達太良山中の標高1400m地点の自然湧出で、大雨による土砂災害にはきわめて無防備な地点にあり敏感にならざるを得ません。もともとの岳温泉はそこに在り、192年前の8月15日(新暦では9月7日)に大雨の山崩れで埋没したので、気象変動には敏感にならざるを得ない温泉場なのです。今回も台風9号の大雨の影響があり8月17日に温泉源泉地がやられ約半日温泉がストップしました。現在仮復旧状態で岳温泉に温泉が届いており、引き続く台風の襲来にはヤキモキさせられます。今回の迷走台風が観測史上初めて東北地方を直撃と言う進路予想には、どんな災害をもたらすか不安先行でした。
 写真は山の神と金剛山碑の前での岳温泉古峯講中の安全祈願祭、護摩を焚き無火災を祈願いたします。最近では講中の参加者が少なくなりましたが、台風一過の二百十日に行われます。さらに明日は関東大震災の日、全国的に防災の日です。自然災害の少ないことを心から祈るばかりです。
二本松城のこと
7月29日は二本松のお城が落ちた日です。前日28日には霞ヶ城の千人溜にて少年隊顕彰の行事が行われ、市内の小学生による少年隊の剣舞や居合道が披露されます。29日には大隣寺の少年隊墓所の前で墓前祭が行われ、丹羽家18代当主、藩士の会などの皆様に参列頂き少年隊の霊を弔います。
再来年で戊辰戦争150年を迎えるので、この日のことを再現する意味で振り返ってみたいと思います。私の知識は、友人の相原秀夫著「二本松戊辰戦争史」や渡部由輝著「二本松戦争」からの受売りですがご容赦ください。
この日の二本松は戦場と化したのです。二本松城をめざした西軍は供中口、大壇口の2カ所から二本松に攻め入りました。東側の供中口から攻め入った薩摩、長州、備前兵で編成され午前五時に小浜を出発し、阿武隈河畔を渡るための戦闘が開始され供中口から阿武隈川を二本松藩兵の抵抗に遭いながらも越え、三森山町口では会津兵、仙台兵の応援も得ながら戦っており、また高田口へも別れて西軍が押し寄せ、亀谷戦となるなどいわゆる市街戦的様相を示したのです。一方、南側の大壇口については二本松藩の防衛拠点として重視され、25日には丹羽兵庫隊、27日夜には丹羽右近隊、28日朝には丹羽伝十郎そして木村銃太郎、二階堂衛守を隊長、副隊長とした少年隊士22名こと木村砲兵隊も守備についたのです。ここでの戦闘が開始されたのは午前8時頃、こちらは薩摩と土佐藩の藩兵が三方向から攻め入っています。木村砲兵隊は近づいてくる敵をできるだけ近くに引寄せ、砲弾を放ったようですが、敵の西軍の兵力、装備などの差は歴然としており、木村隊長は西軍の新式銃の銃弾に倒れ、指揮官を失い少年たちも被弾し大壇口の戦いは30分程度で終了したともいわれております。同じ大壇口で警護に就いていた青山助之丞、山岡栄治の二人の青年兵士は勇猛果敢に敵陣に切り込んで入って敵にも損傷を与えたと伝わっており、これが大壇口の二勇士です。木村銃太郎を隊長とする砲兵隊25名のうち少年兵の死者9名と死亡率が高かった戦場です。一方、供中口からの西軍の浸入に備えるために老人隊に配属された少年兵には死者が出なかったのは老人兵達が先のある少年兵に「生き残ってこれからの世のために尽くすことだ」と言われ老人達が戦って退却させたためだとも伝わっています。
大壇口古戦場には西軍の隊長・野津道貫の『うつひとも うたるるひとも あわれなり ともに みくにのためと おもえば』石碑があります。
二本松は全藩をあげて城を枕にして討死するまで戦った唯一の藩です。二本松の戦死者337名、仙台藩、会津藩などの他藩からの応援兵士と併せて1000名近くが戦死しています。会津戦争での会津藩の死者は約2500名。写真は大壇口古戦場です。往事を偲びにお立ち寄りください。
『美肌の湯』全国3位です
岳温泉がウェブサイトの楽天人気投票にて『美肌の湯』全国第3位になったがうれしくて温泉についての御託を並べてみます。
温泉って、いろんな温泉があるのはご承知の通りです。一般的に温泉の効果は、3つの物理的効果、@温熱…温まると血行が良くなると乳酸が排出されやすくなる、A水圧…静水圧で全身に圧力がかかり内臓が刺激され内臓運動になる。B浮力…温泉に首までつかると体重は10分の一になり体が軽くなった感覚でα波が出やすくなる。海や山に滞在することによるが得られる転地効果による精神的効果。そして、薬理効果が泉質(効能成分)によるものとであり、これらの複合的効果が温泉の効果と言われています。
さて、『美肌の湯』人気投票にて、なぜに岳温泉が第3位になったのでしょう。環境省によると宿泊施設のある温泉地は全国に3133か所、源泉数は2万8033か所だそうです。
今回の『美肌の湯』ベスト10位の温泉の泉質を簡単にリストアップすると、1位湯西川温泉(アルカリ性単純温泉)、2位四万温泉(ナトリウム、カルシウム、塩化物、硫酸塩泉)、3位岳温泉(酸性泉)、4位飛騨高山(単純温泉、弱アルカリ性、低張性低温泉など他にも色々ある)、5位道後温泉(アルカリ性単純温泉)、6位山代温泉(ナトリウム、カルシウム、塩化物、硫酸塩・塩化物泉。同、硫酸塩線。アルカリ単純温泉の3種)、7位箱根湯本温泉(アルカリ性単純温泉)、8位蔵王温泉(酸性含硫黄アルミニウム泉、硫酸塩、塩化物泉)、9位昼神温泉(硫黄泉、アルカリ性pH9.7)、10位石和温泉(アルカリ性単純温泉)となり、
10傑のうち8か所はアルカリ性であり、蔵王温泉と岳温泉の2か所のみが酸性泉です。
 分析的に細かく調べれば調べるほど、「どうして、岳温泉が全国3位になったの?」と疑問府が重なります。ウェブサイト楽天の調査によると、温泉地に泊まっての感想を集計しての結果だそうですが、お客様の評価はありがたいものです。
 さて、自己PRもしてみます。岳温泉の泉質は酸性泉でpH2.5、レモン水と同じ水素イオン濃度で市販の化粧水と同じようです。岳温泉の源泉地は安達太良山の旧噴火口の標高1500m位のところにあり、15か所の自然湧出泉から1本の湯樋パイプで8km下流まで引かれ40分で各旅館の浴槽に到達します。この湯樋管でもまれた酸性泉が湯もみ効果で柔らかくなるのも原因の一つかと考えます。成分はCa、Mg、Alイオンが多く、また、メタ珪酸含有量も目立つので、お肌のベトベト感を除去するには、私も最高の温泉だと思っています。なめてみると少し酸味があり渋さを感じます。サラッとするのは含有成分のせいですかね。岳温泉から5kmの県民の森周辺に湧出する温泉はアルカリ泉が多く、ヌルっとする感じです。アルカリ泉と酸性泉の両方に入ればより『美肌効果』があるかもしれません。岳温泉は悠久の温泉、写真が岳の湯の源泉地のくろがね小屋付近です。ここならもっと転地効果あったかもしれません。御来岳をお待ち申し上げます。
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